世界と日本におけるローヤルゼリーの歴史とは?どのようにして有名になった?

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蜂と人間の関わりはいつから?

現代では、健康に役立つものとして人間生活にかかせないものとなっているハチミツやローヤルゼリー。その生産者である蜂と人間の関係はいつから始まったのでしょうか?
現在発見されているもので、世界最古の記録は、紀元前のエジプトで描かれたピラミッド内の壁画です。この壁画にミツバチが描かれていることから、この時代にすでに蜂を何らかの形で活用していたのではないかと言われています。

ローヤルゼリーはいつ発見されたのか?

ローヤルゼリーの歴史はかなり古く、その発見はさかのぼること2400年前になります。場所は古代ギリシャ。プラトンの弟子であり、西洋最大哲学者のひとりとされる「アリストテレス」が発見しました。
アリストテレスは哲学者でありながら、自然学にも精通している学者でもありました。その著書である「動物誌」の中にこのような記述が残されています。 「濃厚な蜂蜜に似た淡黄色の柔らかいもの」 この時にはまだローヤルゼリーでいう名前はつけられていませんでしたが、その描写からローヤルゼリーであるということがわかります。
また、「その淡黄色の柔らかいものの中で育った蜂の幼虫が女王蜂に育つ」ということを発見し、ローヤルゼリーには何か特別な作用があるということを研究するきっかけとなりました。

いつからローヤルゼリーと呼ばれるようになったのか?

ローヤルゼリーと呼ばれるようになったのは、約200年前のこと。スイスのミツバチ研究者「フランソワ・ユベール」が著書「ハチミツの新観察」の中で「ゼレー・ロワイヤル」と名付けたことに始まります。
後にフランス語の「la gele'e royale(王のゼリー)」が英訳されて、「Royal Jelly」となりました。その英語をカタカナにしたものが、「ロイヤルゼリー」というわけです。

ローヤルゼリーが広く広まったきっかけは?

1956年頃、ローマ法王(ピオ12世)は80歳を超えていました。年齢による衰弱もあってか、肺炎にかかってしまい、さまざまな治療も効かず危篤状態に。最後の望みとばかりにローヤルゼリーを飲んでみると、「たちまち血色が良くなり、会話ができるほどに回復した」そうです。
ローマ法王を救った奇跡の霊薬として有名になったローヤルゼリーの効果は1955年の国際学会で発表されました。さらに1958年に開催された世界養蜂家会議ではローマ法王自ら、ローヤルゼリーの効果について演説を行ったことで、ローヤルゼリーは世界的に注目される存在になりました。

日本でローヤルゼリーはいつから知られるようになった?

ローマ法王の病状が回復したことで、一躍有名になったローヤルゼリーですが、日本ではそれより以前からその価値を発見している人がいました。それは、明治・大正時代の農学研究の第一人者である農学博士の玉利喜造(たまりきぞう)です。玉利喜造博士はその頃からローヤルゼリーを「王家の舐物」という名前で呼び、その効果を紹介していました。
その後、1959年にある週刊誌が『不老長寿の新薬現る?』と題した記事を掲載したことでローヤルゼリーは日本国民に広く知られるように。 その後、1960年にはローヤルゼリーの国内生産が開始され、日本人にも人気のサプリメントとなりました。

実は日本のローヤルゼリーの歴史はもっと古い?

ローヤルゼリーが日本に紹介されたのは、明治時代とご紹介しましたが、実は、それ以前から日本人はローヤルゼリーを摂取していました。
「ローヤルゼリー」という名前はなく、その成分を摂取しているという意識もなかったかもしれませんが、昔の日本人はローヤルゼリーを自然と摂取していたのです。
「蜜蜂」という文字が日本ではじめて文献に登場するのは、「日本書紀」の皇極2年の条、西暦でいうと古墳時代である643年のこと。この頃から日本では、「古式養蜂」によってハチミツが採取されていました。古式養蜂は、ハチミツ、プロポリス、ローヤルゼリーすべてが混ざったものを採取するため、「ローヤルゼリー」も摂取していたということになるのです。 そう考えると、ローヤルゼリーにおける日本の歴史もかなり古いものになりますね。

まとめ

世界においても日本においても、長い歴史のあるローヤルゼリー。長い年月を経ても、世界中で愛されているのは、効果を感じている人が多いという証拠になるでしょう。
古代エジプト、古代ギリシャ、また日本の古墳時代に思いをはせながらローヤルゼリーを飲むのもいいですね。

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